私はウの付くゼフィルス、特にウラゴマダラシジミとウラキンシジミに弱い。 ウラゴマダラシジミは、北海道から本州・四国そして九州に産するが、九州での生態 は特異で、本州などとはまるで違う進化の過程を踏んでいる。本州では同一地域に白 化型と黒化型が生息しているのに対し、九州においては高原帯に白化型(原野型)が、 森林帯に黒化型(森林型)が産し、棲み分けている。また森林型の飛翔ときたら、こ れはとてつもなく変則的で、食樹と思われるヤナギイボタ(樹高約10m)のまわり をビュンビュンとすごい速さで飛ぶのである。ネッティングの下手な私にはとても手 が出ない。二つの型のどちらにしても、もう二十七年、追いかけているが、いまだに 原野型の舞い飛ぶ姿には出遭えないのだから、まぎれもなく、希少種であろう。冬場 の卵の分布調査は、厳寒の中で凍えながらのイボタ探しから始まるのだが、ようやく 見つけても保護のため採集しないこともある。最近では、熊本県の山江村宇那川林道 と相良村椎葉谷川で生息が確認され、日本での南限がグーンと南へと動いた。
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ウラゴマダラシジミ(原野型) | ウラキンシジミ | |
大分県直入町産 | 大崩山産 |
ウラキンシジミは、えびの市と人吉盆地の県境、白髪岳が南限となる日本特産種であ る。シオジやトネリコを食樹とするこの蝶は、7.5mのネットでビートし、たたき出し てもふらふらと飛翔したと思うと風に流されてどこかに飛んでいってしまう。199 7年、蝶にも夜間に活動する種がいることが発見されたが、この蝶の昼間は活動が弱 いので、おそらく夜間に活動しているのではないだろうか。樹皮の皺などに産卵され る卵は約0.7mmで、老眼にはとても手におえず、一年間に5頭も標本にできればいい ほうであった。しかしその生態が解明されるにつれ、採集が少しは容易になった。そ れは次の理由による。食樹であるシオジなどは亭々とした大木に成長するため樹高3 0mを超える。樹皮に産みつけられた卵は艀化すると枝先の葉まで這いのぼり、その 葉を食べて成長するが、蛹化するには地上に降りてこなければならない。18mmの終齢 幼虫にとって30mの高さから地上に降りるのは長大な旅となるだろう。そこで彼ら は考えた。葉の先端に乗って茎を食い切れぱパラシュートになると。シオジやトネリ コの葉を、アディダスのマークそのままに切り取ってパラシュートを作り、風に乗っ て降りてくるのである。自然の神秘さとDNAの凄さに感嘆する。地上に降りたこの パラシュートを探せば、終齢幼虫を見つけることができるのである。
今、山が悲鳴をあげている。伐採による山の悲鳴だ。九州の尾根線。祖母山から傾山 ・大崩山系。霧立越の山々。更には泉村(五家荘)と椎葉村の県境線、五勇山や国見 岳。そして霧島山群も例外ではない。国有林がいたるところ伐採の憂き目に遭ってい る。本来、国有林は国民の宝であると思う。原生林が伐採されると生態系は完全に狂 ってしまう。ツキノワグマの絶減でさえ伐採によるものと思われるのだから、蝶など の脆い種にいたっては致命的な痛手となる。われわれの分布調査は、二万五千分の一 の地図に針で点を打っていくような地味なものだが、この山にこのような蝶がいたと いう証明なのである。最低でも国有林においてはこれ以上伐採するべきではないと思 う。わずかに残された自然ではあるが、ありのままに子孫に残すのは、われわれの義 務ではなかろうか。 私の住む都城は、東西南北どの方角でも、各種のゼフィルスの最南限に近いという地 理的な好条件を備えている。少し車を走らせれば、山岳地帯に足を踏み入れることが できるのである。私は今春をもって定年退職をしたが、これからも「そよ風の精《ゼ フィルスたちを追いかけていきたい。 このシリーズに写真の協力を頂いた、宮崎蝶類愛好会の山元一裕氏(日向市)・小松 孝寛氏(宮崎市)に感謝します。